2015年11月26日

猫の名前を




猫の命名で面白いので言えば、
俳優でもあり映画監督でもあった伊丹十三氏の猫の名は、
『黄金丸(こがねまる)』。ボールで芸もした猫だった。
そして彼には『歯医者』という猫もいた。「何で歯医者?」これがわからない。

『家出のすすめ』知られる寺山修司は、二匹の猫に
それぞれ『質問』『答え』という名をつけていた。

『グリム童話』に収められている動物笑話「猫とねずみのともぐらし」
という話の中には、
猫が逆に名付け親になって赤ん坊の名前をつける話が出てくる。
赤ん坊のしぐさを見て、「縁なめ」「半分ぺろり」「全部べろり」
という名を付ける話が出てくる。

また、落語の小咄に『猫の名前』というのがある。
猫にいい名前を付けようとする話。

「この猫には強くなってもらいたいから、一番強いものの名前を付けようと思うんだ。
そこで『虎』って言うのがいいと思うんだが、どうだい?」
「強いんだったら、龍の方が強いや」
「龍をのせるのは、雲だぜ?」
「じゃあ、雲だな」
「雲だって、風が来りゃあ、飛ばされちまうぜ」
「じゃあ、風に飛ばされないもの?」
「そりゃ、壁だな!」
「壁だって、負けるものがあるだろう?」
「そりゃ、齧(かじ)られるから、ネズミだな」
「ネズミ?ネズミが一番強いかい?」
「ネズミより強いと言ったら『猫』だ!」
  


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2015年11月19日

大学教育の真諦




今日は、それにあやかって、社会に出て役に立たないこと、
すなわち、「宇宙に人間のような生物はいるのか?」ということを気侭に探ってみたい。

宇宙に、人のような生物がいると考えたのは、
古くは、『ピタゴラスの定理』で知A霸數學教室られるピタゴラス。
彼は紀元前6世紀頃の古代ギリシャで生まれで「万物の根源(アルケー)は数である」
という言葉を残しているが、変人であったのは間違いない。

彼は地球が丸いことを知り、地球外の宇宙に住む生物がいると語っていたと言われる。
それ以降、目ぼしい人物としては、16世康泰導遊紀のイタリア出身の修道士
ジョルダーノ・ブルーノ。
異端裁判があるような時代で、実際に火刑となったが、
地動説どころか、地球外生物、すなわち宇宙人について説いていたようだ。
その後、哲学者として知られるカントも地球外生物には興味があったらい。

この辺りまでは、西洋世界でもあるが、
ちょっと面白いと思うのは、江戸時代の日本で、
太陽系の構造やそれ以外の銀河にまで言及する人物がいた。
商家の番頭をしていた人物で、そういったところから山片蟠桃(ばんとう)と名乗った人物。
彼は、その当時の最先端の宇宙を理解していたようだ。
彼が残した『夢ノ代』と題する書には、地球外の人間についた書かれている箇所がある。
その部分を抜粋すると、
「金星、水星は、日に近く、陽に焦がされて人民あるまじき」とある。
そして、火星や木星には、生物がいるreenex cps價錢と考えていたようだ。
太陽の光を受けたところに生物が宿り、それらの食物連鎖から
「しからば、何ぞ人民なからん」という言葉で、宇宙の章を終えている。
すなわち、「地球外に、必ずや人が存在する」ということらしい。  


Posted by xiamenjian at 11:27Comments(0)

2015年11月08日

もなぁーと思って



まあ、来年になってからアップすっぺがなと考えていた。
でも、年末ブログが離婚物語ちゅーの、「年末ブログ」を書いた。
世界一暇人のはずなのに、相変わらずジョン迪士尼美語 世界 レノンの名曲のタイトルが「ヒマジン」と聞こえ
てしまう。というはずなのに、やはり、師走。なんだか、雑用で忙しい。
と言うことは、日本国の皆々様方は、当然に走り捲くっているはず、である。

年賀状も書かないし、取り立てて、年末だから何をするということは、昨年からない。
そりゃー、営業課長の年末とは、じぇんじぇん違って、穏やかなものである。
儀礼が一切ないのである。平和だねぇー。なのに、結構、忙しい。

はい、現在、その雑用は置いといて、脳内の年末チューニングをしている。
動画、ブログ、ピアノ。で、ピアノの来年へのチューニ寰宇家庭ングは、当然にしてマジである。
どういうコンセプト、テクニック、メンバー等々と弾きながら自主トレ。
まあ、お陰様で、来年はさらに忙しくなりそうである。
裕イサオエレクトリックトリオの結成話も出ているから、ワールドオーダーに対抗できるかも。

あっ、なんだったっけ? あっ、その「ひとつのあとがき」という記事なんだけど、
実は、ブログ閉鎖のご案内だったのである。で、さすがに三十二分ぐらい考えて、
取り止めることにしたけれど、まっ、経緯は後編ね。

で、書いた後に、患者さん方のことを熱く思った。
イサ中の方々への責任は、どうなる迪士尼美語 有沒有效
のですかぁー、裕先生と。
そりゃー、一桁の数とはいえ、そうはいかんぜって、主治医としては。  


Posted by xiamenjian at 00:15Comments(0)

2015年11月02日

移動時は車椅子

 
一週間ほどその、2月14日に12階の一般病棟に移ったのだが、なんと脳梗塞で入院していた時と同じ病室であり、つい最近までお世話になった医療スタッフたちがそのまま居たこともあり気恥ずかしさを隠す為「戻って来ちゃいまいしたー」と照れ笑いを浮かべて挨拶をした。

 身体の浮腫は眼に見えるほどの早さで消えて行ったが、肺に溜まった水がいつまでも抜けずに残り、そして原因不明の微熱も続いていた事から入院は更に長引いたが、2月24日に退院の許可が降りた。「退院おめでとう」この言葉をわたしは過去に何度も聞いて来たが、本音を正直に言ってしまえばわたしは退院を心底嬉しいと思った事がない。

 病気が治って退院するのなら手放しで喜ぶ事が出来るのだが、このわたしが抱えている病気は治る事がなく悪化の一途を辿るばかりなのである。
 完全看護のバリアで守られた特別室から厳しい現実が待ち受ける世界に放り出される訳で、自己管理を僅かでも怠ればまた病室に逆戻りという悪循環の繰り返しなのである。

 然しながらこの自分が置かれた現実に希望を失っている訳ではない。空気を吸い、口が聞け、両手両足が動き自分の意思で歩く事が出来る何でもない当たり前な事が如何に幸せかをこの瞬間にも感じ取っている。もちろん脳梗塞の再発或いは脳内出血など様々なリスクを抱えてはいるが、右半身麻痺と言う過酷な運命を乗り越えて奇跡的に生き延びて来たのだからこれを新しく与えられた命として受け入れ「死」ではなく「生」をスタンスとして残された時間を全うして見せると自分に言い聞かせた訳である。  


Posted by xiamenjian at 16:40Comments(0)